Homestay Calgary Korean Japanese English

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1999年01月18日

4.

語学学校の調査
 学生ビザの審査中から、友達のために、語学学校を探してまわった。ビザ審査中なのに学校に通う許可があるかを心配だったのでGovernmentに問い合わせたら、書類的には問題ないのでOKだと言われた。結構アバウトだ。他の学校も知っておきたかったので、「Focus International(当時、English School Calgary)」のフルタイムで4週間通った。授業はよりConversation寄りだった。留学生もヨーロッパから多く来ており、会話のクラスはなかなかのものだった。友達にはESCを勧めた。ビザ取得後は、CILSの校長にお願いして、「レベル4:Low Advanced Class」に入れてもらった。実際のレベルはIntermediateだったけども。最初は少し難しかったけど、すぐに慣れた。10月CILSの校長が辞めてから学校の状況が一変してしまった。200年10月、予測どおり廃校となった。

友達のカルガリー到着
 1999年9月、友達がカルガリーにようやくやってきた。彼女には、色々とアドバイスをしてもらっていたので、お礼が言いたかった。ホームステイ先のCarrie,Arieと韓国人の留学生と空港まで迎えに行った。「カルガリーの生活は夢のように過ぎていった」と彼女は教えてくれた。10月、彼女はウィスラーへ行ってしまった。

スキーインストラクターへの道
 彼女の目的も、スキーインストラクターになることだったため、一緒にカナダ内のスキースクールへ履歴書を送った。インターネットも利用した。彼女は、WHビザとスキースクールでの良い職歴があったため、ほぼすべてのスクールからインタビューの電話がかかってきた。自分は、ボランティアでも良いから何とかスキーインストラクターになりたいという旨を書いて当然送った。しかし、カナダのどの雇用者からも「就労ビザがないと働けません。」との返事となり、ほぼ、あきらめていた。

ホームステイ先へ移動、そして別れ
 10月中旬、カルガリー生活最大の転換点がきた。それは、スキーインストラクターとしての就労ビザ取得可能性が出てきたこと。あるスキースクールのボスから電話があり、「政府に就労許可の申請をするからパスポートとビザのコピーをファックスしろ」と。そして、結果を待った。
 10月末、ついにCarrieの家へ住むことになった。しかし、彼女の英語は半分もわからなかった。Carrieからは、色々な話を毎日聞いた。わかったふりをしながら。。。食事もとてもおいしく毎日が、あっという間に過ぎていった。
政府から許可が下りたことをボスからのEmailで知った。許可書がボスから送られてきて、就労ビザをすぐ申請した。
 12月上旬、ついにビザが届き、Carrieの家を去ることになった。皆、やさしく、韓国でキンパと呼ばれる巻寿司を餞別に作ってくれた。手紙ももらった。別れた後、その手紙をバスの中で読んですすり泣きをした。

Posted by admin at 1999年01月18日 23:20